イチから始める奇跡ののぶニャが (のぶニャが 初心者 入門編)

初心者向けののぶニャがのブログです 近況報告 思い出作りも込めてやってます。

カテゴリ: 駄文

ブログタイトル9


おはこんばんちは
サイロウです。

今回は前回のねこ場所報酬の松永ボンバーマン久秀様です。

この人、私は結構好きでして、
ちょっと書いてみようと思ったわけです。
取り敢えずのぶニャがの彼の一覧。

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全部悪ぅーい顔してんな(笑)

固有の特技は
乱世の梟雄
焼き討ち
三悪事
の三つです。

まず、三悪事ですが、
信長さんが、家康さんに松永さんを紹介したときの紹介内容にまとめられています。
織田信長が久秀を指して、

この老人は全く油断ができない。
彼の三悪事は天下に名を轟かせた。
一つ目は三好氏への暗殺と謀略。
二つ目は将軍暗殺。
三つ目は東大寺大仏の焼討である。
常人では一つとして成せないことを三つも成した男よ。

これですね。

まあ、悪人として有名なわけです。

先ほどの固有特技の焼き討ちは3つ目の東大寺焼き討ちです。

また、智謀も冴え、乱世の梟雄と呼ばれています。

魏の曹操は、子治世之能臣亂世之奸雄
つまり治世の能臣、乱世の奸雄と呼ばれましたが、
松永さんはどうだったでしょうね。

さて、松永久秀は晩年は織田信長に仕えました、
また、信長に対し二度の謀反を起こしていますが、
一度目は赦され、二度目も条件付きで赦されるところでした。
その条件というのが平蜘蛛という茶釜を差し出すことでしたが、
松永は平蜘蛛と共に爆死して生涯を閉じます。
この爆死というのが日本史上初なので、
ボンバーマン久秀として有名です。

ちょっと驚きなのが、松永さんが信長に少なくとも
一度赦されていることなんですよね。
あの信長が譜代の家臣以外を許すというのが非常に稀有です。

まあ、あくまでこれは戦国駄文なので、
しっかりしたブログ記事に比べて全く調査もしていない
趣味だだ漏れの文章です。
時間があれば書籍を読み漁りたいところですが、
ちょっと考えてみると。

松永久秀の行動を見ていくと、
松永久秀って結構マキャベリアンなんですよね。
足利義輝将軍でも必要であれば殺すし、
敵が寺に陣取っていても、焼き討ちが有用であれば焼き討ちをする。
常人が躊躇どころか考えもしないことをやってのけている。
非情とも考えられますが、結果主義であるとも言えます。

でもこういう考え方って信長にも通じるところがあります。
神仏も恐れないとか、慣例にとらわれないとか。

そういうことをやってのけていた松永に対し、
信長は並々ならぬ好意を持っていた。
さらに言えば、二人とも茶器コレクター。

信長にとって松永久秀は非常に稀有な人物だった。
こんな人物は他にいない。
だから謀反を赦したんじゃないかと思うんですよね。

松永久秀としても彼の思い描く目標があって、
それに向かってのマキャベリズムに因って、
行動している結果の謀反となったのではないかと思います。

上の話に戻りますが、そう考えると善政を取っていても
おかしくはないと思うんです。
彼もまた曹操と規模は違うにしても乱世の梟雄、治世の能臣だったかも知れません。


この平蜘蛛の釜と俺の首の二つは
やわか信長に見せさるものかわ 

これが辞世の句。
中々にインパクトのある辞世の句です。
平蜘蛛は松永久秀にとって唯一無二の物なんでしょうね。
でも平蜘蛛の入手経路は諸説ありますが、
はっきりとしていません。
自身が市場で購入したという説もあります。
彼自身のアイデンティティそのものだったのかもしれませんね。


それと、最近の研究では松永久秀は主君(ここでは三好義継)に
忠実な人物だったのではないかとも考えられているようです。
真実はわかりません。10年後には全く違う人物像になっているかも知れませんね。

信長、家康や上杉謙信、武田信玄のような有名人ではない。
ただ、味の深い人物であることは間違いありません。

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おはこんばんちは
サイロウです。

今回は花火のお話です。

花火大会は迎え火送り火なんじゃないかという
嫁の一言が発端です。

調べてみたところ、送り火、迎え火というより、
鎮魂・慰霊の意味を持つようです。

東京(江戸)の花火大会の由来を調べると、
古くは飢饉の慰霊・鎮魂、
近代では東京大震災や、東京大空襲への慰霊・鎮魂のようです。

ただ、花火大会は基本的に祭りとセットであったり、
結果的には祭りに近いもののようでもあります。
祭りを純粋に楽しみ、祈りを捧げるのが、
日本人の花火大会なのかも知れませんね。

さて、花火といえば火薬ですが、
日本へは鉄砲の伝来の更に後だったようで、
初めて花火を見たのは徳川家康(一説によれば伊達政宗)といわれているようです。

花火に祈りを捧げるもよし、
あるいは遠い戦国武将に思いを馳せるのも一興ではないでしょうか。

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オマケです。

今回アップデートで加わった玉鶴姫ですが、


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なんでこんなに怒っているんでしょうか。

この睨んでいる先にいるのは、おそらく父親の龍造寺隆信の使者です。


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玉鶴姫は
蒲池鎮漣に嫁いでいますが、
夫を愛し、父よりも夫と共に生きていくという選択をしていたようです。

もともと蒲池家と龍造寺は敵対していましたが、
和睦の為の宴を開くと龍造寺隆信から誘いを受け、
家臣と妻の静止を振り切り龍造寺家に赴き、謀殺されたと言われます。

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これはそれを止めている絵ですね。

さて、
蒲池鎮漣が謀殺されたのち、
龍造寺は玉鶴姫を迎えに来ましたが、
玉鶴姫はそれを断ります。
「夫を殺した龍造寺家は敵」というんですね。

それに子供を連れていけば蒲池鎮漣の子供は殺されてしまう。

だから睨みつけている、ということです。

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ですが、迎えを断った玉鶴姫を龍造寺隆信は許さず、
蒲池家もろとも殲滅されます。

玉鶴姫はその際に自害したと言われています。


なので、抱いているのは蒲池鎮漣との子供。
手前の花は蒲池鎮漣に捧げた花でしょう。

戦国の女の選択を現したねこですね。

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おはこんばんちは
サイロウです。

サイロウ戦国駄文です。

今回は今のぶニャがで熱い伊達政宗。

伊達政宗といえば奥州の覇者と呼ばれますが、
彼は20年早く生まれていれば天下を取れたのか、
というのが焦点です。

私の中では天下を取れる人物の条件があります。
絶対条件ではありませんけどね。
戦上手というのは前提として、

・革新的な思考の持ち主。(常識にとらわれない。)
・優秀な腹心の部下の存在。
・目標達成のためのなり振りかまわぬ行動力(無慈悲さ)
・ひとたらし(人材コレクター)
・+@

三国志の曹操あたりがこの条件をしっかり満たしています。 
革新的な思考を持ち、
優秀かつ信頼のできる血縁者の夏候惇・夏侯淵という部下を持ち、
敵対勢力に対し皆殺しも辞さず、
農民や、敵対勢力まで手を伸ばす人材コレクター。

さて、伊達政宗はというと、
・常識にとらわれない。
・片倉小十郎をはじめとする優秀な部下。
・無慈悲さ

最後の人たらしの能力が足りないでしょうか。
天下を取った徳川家康や豊臣秀吉のような人に比べると 、
ここのあたりに甘さを感じます。

 
さて、次に続きますが、
戦国時代、天下を取るためには京都を抑えることが必須条件です。
征夷大将軍や、関白なら話は別ですが、他の武将を抑えるためにはやはり京都。

そう考えると、奥州から京都は遠く、地理的に不利と言わざるを得ません。
 
上杉家・武田家・北条家という関東三国を退け、
その上で織田信長(豊臣秀吉)を退けなければならないことを考えると、
兵站が伸びきり、前線に集中するのが難しくなります。
北条は無視するとしても、上杉・武田がおとなしく臣従するとも考えにくく、
不安を持ったまま兵站を維持できないのではないでしょうか。

まあ、個人的見解としては、天下は難しかったと思います。


でもね、
戦上手だし、言葉に重みがあるし、お茶目エピソードがたくさんある
伊達政宗はやっぱり魅力的な武将だと思います。

伊達っちお茶目エピソードといえば、


wikiより
 伊達政宗が53歳の頃、江戸城で忠勝に会い「相撲を取ろう」と言い出した。
忠勝は将軍・秀忠と会見した直後のために礼服姿であったから、
「またの機会に」と述べて立ち去ろうとした。
しかし政宗が強引に手をかけてきたため、やむなく取り組んだ。
やがて諸大名も集まり、その中の井伊直孝が「酒井が負けたら譜代の名折れぞ」と息巻いた。
結果は忠勝が勝ち、「さてさて御身は相撲功者かな」と政宗は賞賛したという。
(八百長だった説もあります)

後は大阪の陣で味方を撃ったり
父上ごと敵を撃ち殺したり
秀忠に家康を殺そうとしてたことをカミングアウトしたり
本多忠勝と戦場であったとき一目散に逃げだしたり

他にも色々ありすぎです。 



でも伊達政宗の言葉っていい言葉が多いんですよ。

 五常訓

仁に過ぎれば 弱くなる
義に過ぎれば 固くなる
礼に過ぎれば 諂いとなる(へつらい)
智に過ぎれば 嘘をつく
信に過ぎれば 損をする 

これが政宗の生き方。

あとはこれも名言

(この世に客に来たと思えば何の苦もなし)
朝夕の食事は、うまからずとも褒めて食うべし。元来客の身になれば好き嫌いは申されまじ

すごく謙虚。まさに名言。



極め付けの辞世の句

曇りなき心の月にさきだてて浮き世の闇を照らしてぞ行く


やっぱりあんた最高の伊達者だよ!




・・・散文この上ないけど、伊達っちの魅力は伝わりましたかね。 


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おはこんばんちは
ゴールデンウィークを目前に12連勤のブラックウィークを折り返したサイロウです。

本来休みの日に4時起きとか死んでしまいます。

さて、誰も望んでいない新コーナーの駄文です。

まあ、サイロウが好きな武将を勝手に紹介して、
サイロウの偏った歴史観を語るコーナーです。
読んだ書物に偏っていい加減な知識をまき散らすので、
生暖かい目で見守っていただければ幸いです。


さあ、始めていきますが、
私の思う戦国時代は

北条早雲や斎藤道三という
先駆者が現れたところから始まり
豊臣秀吉が日ノ本を統一し、
徳川家康が奪い取るところまでが戦国時代です。

世間的に合っているかは知りませんけどね。


そんな激動の戦国時代を生き抜いた戦国武将たちの中で私のお気に入りは

北条早雲
斎藤道三(織田信長)
前田慶次郎
上杉景勝
伊達政宗
足利義輝

まあ、他にも好きな武将はいますけどもこのあたりは上位に入ります。
義輝様は武将なのか微妙ですがその時代を生きた方ということで。

このあたりの方のでたらめな情報を紹介しつつ、
駄文を書き散らしていければいいと思っています。

暇つぶしに見ていただければ幸いです。

ではまた出張の時とかに書こうかなと思っています。

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