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おはこんばんちは
サイロウです。

今回は上杉景勝です。

というのも、この間春日山に行ってきたんですよ。

といっても春日山神社ですが。


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長ーい階段を


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のぼるとですね。



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立派な神社があるんですね。

蔵には家紋もついています。


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さて上杉景勝ですが、
のぶニャがでは


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吹き出しには「・・・」
特技は
煌 会津中納言
極 寡黙
稀 眼力    です。
ちなみに珍の景勝は刀を眺めていますが、
刀剣のコレクターだったそうです。

会津中納言は、まあ役職みたいなものですよね。

さて、この人物を簡単にお話するとですね。

・上杉謙信の甥(姉・仙桃院の息子)
・謙信の死後、後継者争いで上杉景虎と争い、勝利。(御館の乱)
・豊臣秀吉に臣従
・豊臣秀吉に命ぜられ、会津に移封(120万石)
・豊臣秀吉の死後、石田三成側に着き、徳川家康と対立。
・石田三成側が敗北したことにより、徳川家康と和睦。
・徳川家康と敵対していたため、米沢へ移封減封。(30万石)
・徳川家康に臣従し、大阪冬の陣に従事し、功績を上げる。

会津は伊達と徳川家康に睨みを聞かせられる要衝なので、
豊臣秀吉に相当信頼されていたように思えます。


さて、この人物の魅力は何かと考えますと、
やはりその人間性でしょうか。

・上杉謙信という偉大な先人の跡目を継いだ重圧で
 家臣の前で笑ったのは一度だけ。
 口が重く、眉間には皺が刻まれていた。
 

極の景勝の絵ですね。
会議のために会議室に入ったら、飼っている猿が景勝の真似をして、
指示を出す真似事をしていたから、笑ってしまったという話です。
一度だけしか笑わなかったからこそのエピソードです。

・豊臣秀吉が宴を開いた際に、呼ばれてもいないのに前田慶次が現れた。
 猿の真似をして列席の大名の膝の上に座ったのに、
 景勝にだけは座らなかった。

稀代の傾奇者も景勝の威風を前には座らなかったのか。
本当に手打ちにされると思ったのかは不明ですが、
その後上杉景勝に仕官していることを考えると、
悪い印象ではなかったんでしょうね。
「天下広しといえども、真に我が主と頼むは会津の景勝殿をおいて外にあるまい」
と、言っていたそうです。


しかし、豊臣に仕えた後に、徳川に仕えて豊臣と戦うという、
義 とは何なのか。
上杉謙信は義の人として有名ですが、
景勝は義の人なのか。

恐らく当時の義とは儒教の五常の「義」でしょう。
「利欲にとらわれず、なすべきことをすること」
ですね。

豊臣 → 徳川 という変遷も、利欲にとらわれた結果でなければ、
義と言えるのかも知れません。
豊臣に臣従する。
徳川からいちゃもんをつけられても、
従う理由もないから、売られた喧嘩を買う。
徳川に結果的に敗北したから臣従する。
臣従している徳川に敵対している豊臣と戦う。
そう考えるとまあ、スジは通るのでしょうか。
利欲ではないですね。


状況が変遷しても強兵を保ち、功績を上げていること考えると、
優れたリーダーと言って良いのではないでしょうか。

ただ、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康・斎藤道三・(伊達政宗)のような、
領土を広げて天下を統一したい。というような野心家というよりは、
北条のような地を固めるイメージが強い気がします。


最後に個人的にはですね。
・能力の高いリーダー
・人望もあったっぽい。
・刀剣コレクター
・義、というより気骨溢れる

こんなイメージですね。
味があって私は好きです。