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おはこんばんちは
サイロウです。

サイロウ戦国駄文です。

今回は今のぶニャがで熱い伊達政宗。

伊達政宗といえば奥州の覇者と呼ばれますが、
彼は20年早く生まれていれば天下を取れたのか、
というのが焦点です。

私の中では天下を取れる人物の条件があります。
絶対条件ではありませんけどね。
戦上手というのは前提として、

・革新的な思考の持ち主。(常識にとらわれない。)
・優秀な腹心の部下の存在。
・目標達成のためのなり振りかまわぬ行動力(無慈悲さ)
・ひとたらし(人材コレクター)
・+@

三国志の曹操あたりがこの条件をしっかり満たしています。 
革新的な思考を持ち、
優秀かつ信頼のできる血縁者の夏候惇・夏侯淵という部下を持ち、
敵対勢力に対し皆殺しも辞さず、
農民や、敵対勢力まで手を伸ばす人材コレクター。

さて、伊達政宗はというと、
・常識にとらわれない。
・片倉小十郎をはじめとする優秀な部下。
・無慈悲さ

最後の人たらしの能力が足りないでしょうか。
天下を取った徳川家康や豊臣秀吉のような人に比べると 、
ここのあたりに甘さを感じます。

 
さて、次に続きますが、
戦国時代、天下を取るためには京都を抑えることが必須条件です。
征夷大将軍や、関白なら話は別ですが、他の武将を抑えるためにはやはり京都。

そう考えると、奥州から京都は遠く、地理的に不利と言わざるを得ません。
 
上杉家・武田家・北条家という関東三国を退け、
その上で織田信長(豊臣秀吉)を退けなければならないことを考えると、
兵站が伸びきり、前線に集中するのが難しくなります。
北条は無視するとしても、上杉・武田がおとなしく臣従するとも考えにくく、
不安を持ったまま兵站を維持できないのではないでしょうか。

まあ、個人的見解としては、天下は難しかったと思います。


でもね、
戦上手だし、言葉に重みがあるし、お茶目エピソードがたくさんある
伊達政宗はやっぱり魅力的な武将だと思います。

伊達っちお茶目エピソードといえば、


wikiより
 伊達政宗が53歳の頃、江戸城で忠勝に会い「相撲を取ろう」と言い出した。
忠勝は将軍・秀忠と会見した直後のために礼服姿であったから、
「またの機会に」と述べて立ち去ろうとした。
しかし政宗が強引に手をかけてきたため、やむなく取り組んだ。
やがて諸大名も集まり、その中の井伊直孝が「酒井が負けたら譜代の名折れぞ」と息巻いた。
結果は忠勝が勝ち、「さてさて御身は相撲功者かな」と政宗は賞賛したという。
(八百長だった説もあります)

後は大阪の陣で味方を撃ったり
父上ごと敵を撃ち殺したり
秀忠に家康を殺そうとしてたことをカミングアウトしたり
本多忠勝と戦場であったとき一目散に逃げだしたり

他にも色々ありすぎです。 



でも伊達政宗の言葉っていい言葉が多いんですよ。

 五常訓

仁に過ぎれば 弱くなる
義に過ぎれば 固くなる
礼に過ぎれば 諂いとなる(へつらい)
智に過ぎれば 嘘をつく
信に過ぎれば 損をする 

これが政宗の生き方。

あとはこれも名言

(この世に客に来たと思えば何の苦もなし)
朝夕の食事は、うまからずとも褒めて食うべし。元来客の身になれば好き嫌いは申されまじ

すごく謙虚。まさに名言。



極め付けの辞世の句

曇りなき心の月にさきだてて浮き世の闇を照らしてぞ行く


やっぱりあんた最高の伊達者だよ!




・・・散文この上ないけど、伊達っちの魅力は伝わりましたかね。